ダイヤモンドの語源とその歴史

2015/06/02

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ダイヤモンドは昔から、常に多くの人の羨望と憧れの対象です。

他には類をみない輝き、希少価値、そして地球上の鉱物の中で最高の硬度。

まさに「王様」と呼ぶにふさわしい宝石です。

今回は、いつの時代も多くの人に愛されるダイヤモンドの歴史や語源についてご紹介しましょう。

知れば納得!ダイヤモンドの語源と意味

ダイヤモンドの語源は諸説ありますが、ギリシア語のadamazeinまたはadamas(アダマス)「征服できない、何よりも強い」の意味を持っている言葉です。

adamazein→adamant→否定のaが取れて、diamondになったと言われています。

日本名は金剛石という名前です。

石言葉は「純潔、永遠の絆、不屈、純愛」であり、まさにこれから固い永遠の愛を誓うカップルに相応しい意味です。

この石言葉は、結婚指輪や婚約指輪にダイヤモンドが多く選ばれている理由の一つでもあります。

最初は価値が無かった?ダイヤモンドの歴史

実はダイヤモンドは古代ローマ時代には、他の宝石よりも価値が低く、ルビーの8分の1以下の価格であったと言われています。

13世紀以降徐々にその価値が高まってきますが、宝石としての価値が上がってきたのは、15世紀のベルギーで非常に硬いダイヤモンドをダイヤモンドで磨く方法が開発されてからと言われています。

ダイヤモンドの語源はギリシア語ですが、実はダイヤモンドが最初に発見されたのはインドです。

インドの川に普通にあるとても硬い石、それがダイヤモンドでした。

最初は硬いことだけが魅力でしたので、耐久性が必要な工業用として重宝されていました。

ダイヤモンドの歴史を語る上で、欠かせないのはユダヤ人の存在です。

ユダヤ人はその類まれな商才で、たとえ迫害を受けてもベニス→ブリュージュ→リスボン等に拠点を移しながら、ダイヤモンドの取引をやめることはありませんでした。

そのおかげで、ダイヤモンドの市場は大きく拡大、発展していき、1900年の時点ではユダヤ人セシル・ローズが創業したデビアス社が世界のダイヤモンドの産地の9割以上を支配していました。

その後、宗教異端による追放や、第一次世界大戦、ナチスの迫害などで、ユダヤ人達はいくつも拠点を変えては失いということを繰り返していましたが、現在もロンドンやイスラエルを中心に、ユダヤ資本がダイヤモンド取引の大部分を担っているのです。

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紛争ダイヤモンドの語源と悲しい現実

一部のダイヤモンドが”ブラッドダイヤモンド(血塗られたダイヤモンド)”と呼ばれているのをご存知でしょうか。

これはダイヤモンドがアフリカなど発展途上国で多く取れることに関係しています。

紛争による貧困にあえぐこれらの地域では、反政府軍によってダイヤモンドが採掘され、先進国に売られて戦争の資金となります。

その結果、紛争が長期化するため、このダイヤモンドはブラッドダイヤモンドと呼ばれ、ダーティダイヤモンド(汚れたダイヤモンド)、ウォーダイヤモンド(戦争ダイヤモンド)といった呼ばれ方をすることもあります。

ブラッドダイヤモンドの負の連鎖を断ち切るために「キンバリー・プロセス」が2000年に南アフリカで採択されました。

これは、ブラッドダイヤモンドではないと証明されたタイヤモンドだけを市場に流通させようという試みです。

効果はあがっていますが、まだまだ完全に無くなったとはいえません。

しかし、2003年以降日本ではほとんどブラッドダイヤモンドは出回っていないはずです。

世界も注目!有名ダイヤモンドの歴史と語源の話

ダイヤモンドの中には、名前が付けられその歴史が多くの人の注目を集めている有名なダイヤモンドがあります。そのうちの2つをご紹介します。

リージェント・ダイヤモンド

ナポレオンが戴冠式で身に付けたことで有名なダイヤモンドで、原石のサイズは410カラットを超えるダイヤモンドです。

1790年代に一旦盗難されましたが発見され、現在はルーブル美術館に展示されています。

ホープ・ダイヤモンド

珍しいブルーのダイヤモンドです。

このダイヤモンドは所有者に不幸をもたらす呪いのダイヤとして有名です。

マリーアントワネットが所持した後、ホープ家に移ったのですが、ホープ家の人々に事故や不幸が続き、現在ではスミソニアン博物館が所有しています。

ダイヤモンドの歴史や語源を紐解いてみると、ダイヤモンドはその研磨技術の発展やユダヤ人をはじめとする多くの人の手によって価値が高められているのがわかります。

同時にダイヤモンドの歴史は、その輝きによって多くの人を翻弄してきた歴史でもあるのです。

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