”キングオブダイヤモンド”ハリーウィンストン(HARRY WINSTON)について

2018/01/22

”キングオブダイヤモンド”ハリーウィンストン画像3
世界最高級の宝飾品ブランドと認められているハリーウィンストン。
海外セレブや日本の芸能人が結婚指輪に選ぶ事が多く、メディアでも度々取り上げられております。

華麗なる歴史

世界にはダイヤモンドを扱うブランドは数多く存在します。
その中において、ハリーウィンストンは群を抜いておりタイトル通り”キングオブダイヤモンド”の称号を得ています。
星のように存在するブランドの中、何故ここまで不動の地位を築き上げる事が出来たのでしょうか。
その答えは創業当時から世の中にインパクトを与え続けてきたハリーウィンストンによるアクションによるものでした。

時は1896年、ハリーウィンストンはニューヨークで生まれます。彼の父親は宝石商であった為、幼少の頃から父親と共に宝石を見ていたのだそうです。
気づけば、周りの商人たちと肩を並べるほどハリーウィンストンの観察眼は磨かれていました。
1932年、彼は独立し自身の会社であるハリーウィンストンを創業。ここから彼の華麗なる歴史が始まりました。
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王の顔は誰も知らない

自社を設立して初めてダイヤを獲得したのは1935年、原石である「ヨンカー」と呼ばれるものでした。
カラット数はなんと726ct。当時の新聞の一面を飾ったのだそうです。
購入後、いざ会社のあるニューヨークへ運ぶ際に一つ問題が浮上しました。
それは運搬方法でした。新聞に載った事が裏目となってしまい、強盗のリスクが高まる事態に。最も安全な方法について幾度も議論が重ねられました。
その結果、ハリーウィンストンが選んだのは送料わずか64セントの普通郵便。リスクを恐れないその大胆不敵なミッションは無事成功し、「ヨンカー」は12個に分断され一番大きい125.35ctはエメラルドカットのダイヤになりました。

しかしながら、「ヨンカー」の件を含め、彼は自身へのリスクを考慮し自分の顔写真を一切公開しないことにしました。
あっても後ろ姿のみ。世界においてハリーウィンストンの顔を知るものは極一部だったと言われています。
3年後の1938年にはブラジルで発見された726.60ct「ヴァルガス」を購入する為、自ら現地へ降り立ったハリーウィンストン。
数多のライバル社たちが到着する前に、ハリーウィンストンは「ヴァルガス」の購入に成功しました。
1952年には、英国ロイヤルファミリーに次いで世界で二番目に歴史的価値のある宝石を所有していると雑誌で紹介されました。
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夢と人徳溢れるブランド「ハリーウィンストン」

世間は度々ハリーウィンストンを注目しました。
1944年、アカデミー女優賞に選ばれたジェニファー・ジョーンズには自身がデザインしたダイヤジュエリーを貸し出したことを機に「スターたちのジュエラー」と呼ばれ、1949年では展示会「コート・オブ・ジュエルズ」を開催。慈善事業として現地で寄付金を募り、約4年間行われました。
その後1958年にはスミソニアン博物館(ワシントンDCにあります)へ自身のダイヤモンドを寄贈するなど慈善活動にとても熱心だったそうです。

1978年にハリーウィンストンはこの世を去ってしまいますが、彼の想いが消えていくことはありませんでした。
2010年、ハリーウィンストン社は「ハリーウィンストン・ブリリアント・フューチャー・チャリタブル・プログラム」を設立。
環境や経済的事情に恵まれない若者たちに教育を受けさせる機会を設けました。
また、ハリケーンの被害に遭われた方たちへの支援や2011年に起きた東日本大震災への復興に携わるなど、何とも胸が熱くなります。

いつか皆さんがハリーウィンストンを手にする日が訪れた際には、宝石を追いかけ続け、時には損得を考えずに他人を思いやる心を持った彼を僭越ながら、少しでも思い出して頂けたらと思います。
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Written by 上田勝太

上田 勝太

ゴールドプラザ 主任鑑定士
1985年生まれ 鑑定士歴15年
月次の最高買取金額10億円 各ニュースに出演