ブルガリ(BVLGARI)の歴史

2018/06/01

ブルガリ(BVLGARI)リング画像「世界5大ジュエラー」にも数えられ、イタリアを代表するハイブランド「ブルガリ(BVLGARI)」。100年以上の歴史を持ち、洗練された個性的なデザインで、世界中のセレブ達から愛され続けています。そんなブルガリ(BVLGARI)の歴史を紹介します。

伝統の美意識を伝え続ける高級宝飾品ブランドの始まり

世界的に知られるイタリアの高級ブランド「ブルガリ(BVLGARI)」は、世界5大ジュエラーとしてティファニー(TIFFANY & Co.)、カルティエ(Cartier)、ヴァンクリーフ&アーペル(Van Cleef & Arpels)、ハリーウィンストン(HARRYWINSTON)と並び称され、現在はジュエリー以外にも時計・財布・香水・チョコなどが有名ですが、創業時は宝飾店としてスタートしました。

創業者ソティリオ・ブルガリは、日本では幕末にあたる1857年にギリシャのエピルス(イピロス)地方に生まれ、後に戦争などの影響によりイタリアに渡り、1884年にローマにてブルガリ(BVLGARI)を創業します。
ブランド名の「BVLGARI」のスペルが「BULGARI」でないのは、創業当時は古代アルファベットの表記であったため「J」「U」「W」のスペルがなく、かつ小文字もなかったため「BVLGARI」と表記されたそうです。
ソティリオの生まれ育ったエピルス(イピロス)地方は、ギリシャの中でも銀細工が有名で、彼自身も銀細工職人でした。故郷に古くから伝わる伝統技術と、東ローマ帝国の建築様式であるビザンティン様式や古代ギリシャの様式を見事に融合させた芸術的なデザインで、銀細工を中心としたジュエリーを扱う店として、ブルガリ(BVLGARI)はローマで評判を呼びました。
その後、富裕層や海外からの旅行者などをターゲットとして、高級リゾート地として有名なイタリアのソレントやスイスのサンモリッツに販路を展開し、その名声は上流階級にも広がりました。

1900年代に入ると、ソティリオの息子であるコンスタンティノとジョルジオの兄弟が経営に加わり、1934年にソティリオが亡くなった後も、父から受け継いだ才能を受け継ぎ、ブルガリブランドを躍進させていきます。
また、優れたデザイナーでもあった二人の息子たちは、デザインにおいても当時流行したアールデコ、アールヌーヴォーといったフランススタイルの影響から一線を画し、創業時のデザインに原点回帰します。
宝石本来の魅力を活かしたデザインの数々は、後にハイジュエリーコレクションを通して「色石と言えばブルガリ」と言われるほどの地位を確立します。
第二次世界大戦後には、後に「セルペンティ・ウォッチ」という名で定番のシリーズになったヘビの形をしたブレスレットウォッチや、「トレンブラン」と呼ばれる花模様のブローチなど、精力的に作品群を発表しました。

この時期に、伝統的な古代様式をモチーフにしたデザインや、イタリア派と呼ばれたイタリアらしい個性に富んだデザインなど、現在のブルガリ(BVLGARI)のデザインスタイルが確立されたと言われています。
ブルガリ(BVLGARI)カフス画像

世界的なファッションブランドとしての飛躍

1950年代から60年代に掛けては、“ドルチェ・ヴィータ(甘い生活)”の時代と呼ばれ、ブルガリ(BVLGARI)の贅沢で華やかなジュエリーは、世界中のセレブたちから注目され、エリザベス・テイラーやオードリー・ヘプバーンなどのハリウッド女優達からも愛用され世界的な名声を博します。
また、アメリカの芸術家として有名なアンディ・ウォーホルも「僕にとって、ブルガリのお店に行くことは最高の現代アート展に行くようなもの」と言わせたほど、ブルガリ(BVLGARI)は芸術性に富んだ作品を世の中に送りだしました。
1960年代になると、コンスタンティノとジョルジオの兄弟から、ジョルジオの息子であるジャンニ・ブルガリへ経営が受け継がれます。

1970年代に入ると、アメリカのニューヨークに海外1号店を出店し、1977年には、宝飾ブランドとして培った加工技術を活かし、現在ではジュエリーと並び人気のアイテムである腕時計コレクションの制作を本格的にスタートします。
この時、最初に手掛けた腕時計コレクションの名は「ブルガリ・ブルガリ」。現在でも人気のこのシリーズは、当時のブルガリ(BVLGARI)の新しいアイコンとなり、ここから次々と人気のウォッチを生み出し、ブルガリの腕時計は確固たる地位を確立します。
また、1980年には時計で有名なスイスに時計製造会社「ブルガリ・タイム」を設立します。
1984年には、ジョルジオの息子でジャンニの弟たちになるパオロと二コラがそれぞれ会長と副会長に就任します。

さらに、1992年にはブルガリ(BVLGARI)において初となる香水「オ・パフメ (現:オ・パフメ オーテヴェール)」を発表。この香水は、緑茶成分から作られ、緑茶の香りとして茶の湯の世界を表現し大ヒットします。この成功をきっかけに、ブルガリのパフューム部門である「ブルガリ・パフューム」が設立されます。
その後、多くの香水が発表され、メンズではプールオム、レディースではオムニアやジャスミンなどのシリーズが人気を博しました。
また近年では、日本でも人気の「プールオム」と、漫画家の荒木飛呂彦氏の代表作「ジョジョの奇妙な冒険」とコラボレーションした日本限定のコレクションも発表しています。
ブルガリ(BVLGARI)バッグ画像

卓越した多角経営とビジネス展開

世界屈指のブランドとなったブルガリ(BVLGARI)ですが、その勢いは止まらず、ジュエリーは元より、時計、香水、レザーアイテム、スキンケア製品など次々と事業を拡大し成功を収めます。

また、世界中に150ほどの直営店を展開し、1991年には日本へ初進出。現在日本全国に40店舗ほどあり、2007年には東京の銀座にレストラン「ブルガリ イル リストランテ ルカ ファンティン」や、バーラウンジ「ブルガリ ラ テラッツァ ドン ペリニヨン ラウンジ」を併設した、当時ブルガリ(BVLGARI)最大の旗艦店となるブルガリ銀座タワーがオープンし、2012年には大阪の阪急うめだ本店に、カフェ「ブルガリ イル カフェ」を併設した店舗をオープンしました。

1995年には、イタリア証券取引所に上場し、2004年にホテル事業「ブルガリ ホテルズ & リゾーツ」の展開を開始し、ミラノを皮切りにロンドン、バリ島、北京、ドバイなどにラグジュアリーを体感できる最高級のホテル&リゾートをオープンしています。

そして、2007年にはチョコレートの販売も開始します。ブルガリにおいて、チョコレートは「チョコレート・ジェムズ(チョコレートの宝石たち)」と呼び、ジュエリーのようにひとつひとつ丹念に作りあげられています。

2011年には、さらなる企業成長のため、ブルガリ創業家とルイ・ヴィトンなどで有名な LVMH(ルイ・ヴィトン・モエ・ヘネシー)との株式交換により傘下に入り、ブルガリ一族以外初のCEOとして、ルイ・ヴィトン、クリスチャン・ディオール、フェンディの要職を歴任
したマイケル・バーグが就任します。
また、ブルガリ(BVLGARI)は恵まれない子どもたちのためのNGOプロジェクト「セーブ・ザ・チルドレン」とパートナーシップを結び、その活動をサポートしています。

近年では、ローマの円形競技場にインスピレーションを得て1999年に誕生したブルガリ(BVLGARI)を代表する定番コレクション「ビー・ゼロワン」を、女性建築家ザハ・ハディッドがデザインを手がけることで「ビー・ゼロワン デザイン レジェンド」という名で、新たな解釈のコレクションとして発表され話題になりました。

最後に、ブルガリ(BVLGARI)というブランドは、ホテルやレストランのような他領域においてビジネスを展開して成功しつつ、また資金面においても経営統合などで基盤も固めながらも、本業である高級ジュエラーとしてはもちろんのこと、独自の世界観は崩さない、稀有なラグジュアリーブランドとして確固たる地位を築いているのです。
ブルガリ(BVLGARI)ディアゴノ画像