時計の進化を2世紀早めた「ブレゲ(Breguet)」の歴史 -機構編-

2020/06/08

世界5大時計ブランドに数えられ、世界中の王侯貴族や著名人に愛された「ブレゲ(Breguet)」。また、美しく洗練された機械式時計の数々には、時計の歴史や進化を2世紀早めたと言われるほど、ブレゲ(Breguet)が開発・発明した技術が多く盛り込まれています。今回はそんな老舗時計ブランドの歴史を紹介させていただきます。
ブレゲ(Breguet)時計画像

240年以上の由緒を誇る名門「ブレゲ(Breguet)」の始まりと歴史上の人物

 世界中に時計ブランドやメーカーは数多存在しますが、「ブレゲ(Breguet)」ほど卓越した革新的発明の数々を世に送り出し、世界中の王侯貴族や著名人を虜にしたブランドは唯一無二と言えるでしょう。その発明の一角である機械式時計の機構の数々は、現在世の中で作られている高級機械式時計の約4分の3に採用されていると言われています。また、その顧客には歴史に名を残す人物や、音楽や文学などの芸術の分野で一世を風靡した人物からも愛されてきました。そんな輝かしき経歴を持つ「ブレゲ(Breguet)」であっても、その長い歴史の中において栄華と零落を繰り返してきました。
 創業者であり天才時計師と言われたアブラアン-ルイ・ブレゲは、1747年にスイス・ヌーシャテルに生まれます。10代でフランスに渡り、パリやヴェルサイユにて時計職人としての修行を積みます。そして1775年、フランス・パリの中心部を流れるセーヌ川の中州であり、「パリ発祥の地」と称されるシテ島に高級時計工房を構えました。これが、「ブレゲ(Breguet)」の創業になります。ここから、天才と言わしめるアブラアン-ルイ・ブレゲの快進撃が始まります。
彼は亡くなるまでの間に、時計の歴史に輝く発明を数多くこの世に残します。代表的なものだけを挙げてみても、1780年に信頼性の高い自動巻上げの仕組み「ペルペチュエル」機構、1783年に時を音で知らせるリピーターウォッチ用ゴング、1795年にはゼンマイ式巻き時計の完璧な等時性(振り子などの周期運動)を実現するゼンマイや、閏年など異なる月の長さを自動修正する永久カレンダー、1801年に時計にかかる重力の影響を最小限に抑える機構、1810年に世界初の腕時計、1820年に現代のクロノグラフの前身となる二重秒針時計などを開発し、また意匠面・デザイン面おいても時計の視認性を追求するために、後にブレゲ(Breguet)の代名詞となる「ブレゲ針」や「ブレゲ数字」、文字盤に施した「ギョーシェ彫り(ギヨシェ彫り)」と言った技術を考案します。
 このようにして、アブラアン-ルイ・ブレゲは、時計の進化を2世紀早めた天才時計師として、世の中から注目を浴びる存在となり、王侯貴族や時の権力者たちもこぞって彼の顧客となります。その顧客の中には、歴史上の人物として有名な錚々たる顔ぶれが名を連ねています。一部取り上げただけでも、ルイ16世をはじめとするフランス王家を筆頭に、後にフランス皇帝となるナポレオン・ボナパルト、イギリス・ヴィクトリア女王、オスマン・トルコ皇帝セリム3世、ロシア皇帝アレクサンドル1世、アメリカ初代大統領ジョージ・ワシントンなどが挙げられます。
 ここで、アブラアン-ルイ・ブレゲと歴史上の人物との有名なエピソードを二つご紹介させていただきます。一人目は、前述のルイ16世の妃であったフランス王妃マリー・アントワネットです。浪費家として知られた王妃は、当時ブレゲのデザインした時計をいくつも所有し、他の王侯貴族たちにもブレゲの時計を薦めるほど魅せられていたと言われています。そんな1783年、王妃の代行者と名乗る者より、王妃用の「あらゆる技術と複雑機構・機能をすべて組み込んだ時計」の注文を受け制作を開始します。しかし、王妃はその時計の完成を見ることなく、フランス革命により1792年にタンプル塔の刑務所に幽閉され、翌年に処刑されてしまいます。この王妃の時計が完成したのは1827年と言われ、これこそが複雑機構を持つ伝説の懐中時計No.160「マリー・アントワネット」になります。2008年(平成20年)には、当時の文献をもとに伝説の懐中時計「マリー・アントワネット」を再現し、日本でも展示され話題になりました。
 そしてもう一人が、ナポレオンの妹で後にナポリ王女となるカロリーヌ(マリア・アヌンツィアータ・ポナパルト=ミュラ)です。彼女もまた、アブラアン-ルイ・ブレゲの時計の熱烈な愛好家として知られ、フランス革命後ブレゲにとって大切なパトロンとなります。1810年に、この王女のために作られたブレスレット・ウォッチこそが「世界初の腕時計」として有名になります。その後も、彼女が在位した間は、ブレゲが不景気により顧客を失っても、時計を注文するなど支援し続けたそうです。ちなみに、王女のためのこの腕時計からインスピレーションを得て生まれた、現在のレディースモデルが「クイーン・オブ・ネイプルズ 」です。そんな、天才時計師アブラアン-ルイ・ブレゲが1823年にこの世を去ると、息子であるアントワーヌ-ルイ・ブレゲ、そして孫のルイ-クレマン・ブレゲとブレゲ一族が工房を継承していきますが、その3代目が、1870年に当時工房長を務めていた時計師エドワード・ブラウンに工房を売却してしまい、その後の約100年間はブラウン家が3代に渡り経営を担います。そして、創業者が築いたブランド「ブレゲ(Breguet)」のかつての栄光は影を潜めて行くことになります。

「時計界のレオナルド・ダ・ヴィンチ」が残した輝かしき偉業の数々

現在、機械式時計に使われている機構の約4分の3は、天才時計師アブラアン-ルイ・ブレゲが発明・開発したと言われており、その偉業の数々から「時計界のレオナルド・ダ・ヴィンチ」と称されています。
そんな彼が発明・考案した代表的なものをここで紹介させていただきます。
ブレゲ(Breguet)時計画像

機構(機械の内部の構造)

ペルペチュエル機構(1780年)

アブラアン-ルイ・ブレゲにとって、初の主要な発明となった時計の自動巻き機構である「ペルペチュエル」機構は、現在の「ブレゲ(Breguet)」にとっても、創業者の天才的な才能を物語る上でシンボル的な役割を果たしています。当時、懐中時計の自動巻き機構は既に発明されていましたが、どれも安定性・信頼性にかける自動巻き上げ装置でした。そこで、彼がプラチナ製の分銅を振り子のように揺らす信頼性の高い自動巻上げの仕組み発明したことにより、王侯貴族を中心にその評判は瞬く間に広まったと言われています。

ミニッツ・リピーターのゴング(1783年)

時計にそれ以前まで利用されていた鐘の代わりにゴングの仕組みを搭載し、ムーブメントに巻かれた板バネを利用したハンマーがゴングを叩くことで、時を音で知らせる初のゴングによるリピーターウォッチ用の機構を開発します。この発明により、音色が豊になり、時計の厚みも大幅に薄くすることに成功します。

パラシュート機構(1790年)

ブレゲの発明の中でも、もっとも有名な発明の一つで、時計の耐衝撃吸収装置になります。時計は元々日常生活において何らかの振動や衝撃が加わることで、時刻が狂ってしまうものであり、現代の機械式時計においては、インカブロックと呼ばれる機械式ムーブメントの耐震装置の機構を搭載することで、この問題を解消しています。「パラシュート」機構は、そんなインカブロック機構の原型と呼ばれています。

ブレゲひげゼンマイ(1795年)

時計の正確な歩度(時計の精度を短時間で測定し日差に換算した値)を作り出すゼンマイになります。当時、既にオランダの数学者により、ひげゼンマイは開発されていましたが、精度の信頼性には欠けるものでした。そこでブレゲは、正確な歩度を生み出すゼンマイを開発します。また、この「ブレゲひげゼンマイ」は、2種類の金属から成る素材を用いているため、温度の変化に対して自己補正する機能も持ち合わせていました。

パーペチュアルカレンダー(1795年)

永久カレンダーとも呼ばれる「パーペチュアルカレンダー」ですが、当時のカレンダー機能は、各月の日数差を自動で認識できませんでした。ブレゲが開発した「パーペチュアルカレンダー」は、月ごとの日数の違いだけでなく、4年に1度の閏年まで自動で修正する画期的なものでした。

トゥールビヨン(1801年)

機械式時計において、パーペチュアルカレンダー、ミニッツ・リピーターと並ぶ世界3大複雑機構の一つである「トゥールビヨン」。アブラアン-ルイ・ブレゲとっても、そして時計の歴史においても偉大なる発明として今なお語り継がれています。ブレゲが発明したこの「トゥールビヨン」とは、重力により時計の規則性が損なうことを、最小限に抑える機構になります。その後も、現代まで最も優れた時計装置の一つとして知られています。

世界初の腕時計(1810年)

前述で紹介させて頂いた、ナポリ王女カロリーヌのために制作された時計が、台帳の記録から世界初の「腕時計」とされるもので、ブレゲの輝かしき偉業の一つでもあります。

マリン・クロノメーター(1815年)

記録によると1700年代後半には、既にブレゲは「均時差」と呼ばれる時間計測の基準であった太陽の軌道や周期の差を取り入れた「マリン・クロノメーター(海洋時計・航海用精密時計など)」を手掛けていましたが、1815年にフランス国王ルイ18世から、「マリン・クロノメーター」の優れた品質が認められ、王国海軍時計師の称号を授かり、本格的に制作に着手します。その後、1900年代に入っても高精度の計器を納入するなど、海軍との繋がりは続きます。

クロノグラフ(1820年)

現在の時間と、経過する時間を同時に表示することのできる「二重の秒針が付いた観測用の時計」こそが、この「クロノグラフ」であり、現代のクロノグラフ時計の前身となる画期的な発明の一つでした。

デザイン編へと続きます。

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